宇治の興聖寺 道元禅師の開山の思いと再建の由来

京都の宇治市にある興聖寺(曹洞宗、京都市内にある臨済宗の興聖寺とは別のお寺)には琴坂という自然に囲まれた長い坂があり、宇治12景に含まれる観光の名所になっています。

興聖寺は鎌倉時代の僧侶、道元によって開かれていますが、創建時は現在の京都市伏見区深草の辺りにありました。

その経緯はどのようなものだったのでしょうか?

道元禅師の生い立ちと興聖寺開山の思い

興聖寺を創建した鎌倉時代の僧侶、道元禅師と再建を命じた江戸時代の老中、永井尚政を取り巻く状況を考察すると、その時々の時代の要請に応じてお寺が作られて来たことが理解できます。

まずは道元禅師ですが、貴族の家に生まれ、子供の頃に母を亡くした体験が僧侶を志し出家するきっかけとなったと言われています。

奇しくも仏教の始祖である釈迦もまた王族に生まれ、早くして母親を亡くしています。生の儚さを幼いうちから体験する事が宗教的な世界への関心を呼び起こすのではないでしょうか。

 

出家した道元は比叡山に入って修行しましたが、自分の疑問に答えてくれる師に巡り会う事ができず、海を渡り中国(当時は宗)に赴きました。

これは中国の僧侶、玄奘三蔵が仏教に対する疑問に応えてくれる師に巡り会えずインド(当時は天竺)に赴いた事を思い出させます。

疑問に対して誤魔化さずに向き合い続けた事が、自分の道を拓く原動力となったと言っていいでしょう。

そして道元は当時の禅宗の最高指導者であった如浄禅師に出会い、その指導の元で悟りを開きましたが、難病におかされていた如浄は、道元に日本に帰り禅を伝えるよう促しました。

このことは平安時代の僧侶、空海が当時の中国の密教の最高指導者だった恵果和尚が亡くなる直前に極意を授かり、密教を広めるために日本に帰った経緯と似ています。

伝説に残る僧侶には共通項も多いのですが、道元が玄奘三蔵や空海と大きく異なるのは経典や法具を持ち帰らなかった事です。

当時、中国に渡った留学生は経典や法具などを持って帰るのが通例でした。しかし道元は自分は大切な事に気づけた、他に必要なものは何もない、と手ぶらで日本に戻ってきたのです。

これを空手源郷(くうしゅげんきょう)と言います。禅宗の無駄な要素をとことん切り詰める美学が示された逸話と言えるでしょう。

帰国後、道元は数年間の準備を経て日本で初めての座禅専門道場を作りました。これが興聖寺の始まりです。

興聖寺の再建と果たした役割

道元の活動は話題となり、周辺の人間から道元の禅を国の根幹の教えにすべきという訴えが朝廷になされました。

しかし訴えは朝廷から却けられ、その活動に脅威を感じた比叡山の僧侶により興聖寺の建物が破壊される事件が起こりました。

道元はその翌年に興聖寺を離れ、後に福井県の永平寺で出家僧と共に修行に打ち込むようになりました。そして弟子がまとめた法話集や、正法眼蔵などの思想書を遺して世を去ります。

道元の思想は日本の仏教を代表するもののひとつとして現在まで残されており、また道元が指導した弟子たちによる曹洞宗は日本で最も大きな禅宗の宗派となっています。この2つが道元の後世への遺産と言って良いでしょう。

 

伏見区の興聖寺はその後、応仁の乱で失われました。現在の宇治の興聖寺は江戸時代の初期に再建されたものです。

その頃は、徳川家が天下を統一してから間もない時期でした。近畿圏には幕府に対して反抗的な勢力が多く、その勢力を上手に取り込む必要がありました。

そのため、幕府はお寺に大きな権限を与えて民衆の戸籍の管理や法事を割り当てるようにしました。公務員のようなものですね。興聖寺の復興もその一環と考えていいでしょう。

現在の興聖寺は当時、江戸幕府の老中であった永井尚政の菩提寺(亡くなった後の冥福を祈る為のお寺)として建てられました。

同じ宇治のお寺である平等院は平安時代に貴族の藤原氏によって建てられ、絢爛豪華な雰囲気を漂わせていますが、江戸時代に武士の永井尚政によって建てられた興聖寺は侘び寂びの静けさを感じさせます。

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宇治の興聖寺の景観には陰謀の渦巻く世界で常に無常を見つめながら生きてきた武士の世界観が反映されていると言っていいでしょう。

鎌倉時代は貴族から武士へと権力が移った時代で、価値観も新しいものが求められていました。
その中で道元は禅こそが日本に必要な法と興聖寺を創設しましたが、後に天下統一がなされた江戸時代に支配者側が民衆を纏める役割を担って復興されました。

まとめ

このように、寺院が作られる背景にはそれぞれの時代の要請があります。
このお寺はどのような経緯で創建されたのか?という視点を持つと、よりお寺巡りも楽しくなることでしょう。

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